大問2 B B B or E aは、ガンジス川ではなくインダス川流域のパンジャーブ地方が正解だと思われます。 cは、どこを地中海沿岸とするかにもよりますが、当時小麦を栽培していた著名な地域だとメソポタミアがありますが、地中海沿岸ではオリーブやブドウの栽培が盛んでした。 dは黄河流域の話でしょう。長江は比較的湿潤な気候なので、米の栽培に適していました。 C a 地図が苦手な人には難しかったかもしれません。 ヴィジャヤナガル王国は南インドの王朝のひとつで、必然的に北インドのインダス川には位置しません。南インドの王朝でMARCHレベルの知識はチョーラ朝やパーンディヤ朝、ローマとの交易で栄えたサータヴァーハナ朝、そしてヴィジャヤナガル王国とマイソール王国でしょうか。 D @ d 五経は『春秋』『礼記』『詩経』『易経』『書経』の五つです。今回の『論語』は、南宋の朱熹が重視した『四書』のうちの一つです。四書…『大学』『中庸』『孟子』『論語』 D A a? ここ間違えたので確信は持てません、五代十国の中で浙江地方にあったものの中だと、aの呉越が濃厚だと思われます。 G b 鳩摩羅什、仏図澄、法顕は魏晋南北朝時代の人物なので問題文に適していますね。鳩摩羅什と仏図澄は西域の亀玆の出身で、鳩摩羅什は仏典の漢訳も行いました。法顕は行きは陸路帰りは海路で、グプタ朝当時のインドへと向かいました。正解の玄奘ですが、彼は義浄と同じく唐の時代の人物です。時代が違いますので、答えはbとなります。 H c aのイブン=バットゥータは泉州などを訪れた旅行家です。 bは恐らく前期倭寇のことでしょう。日本人が主となって行われたのが前期倭寇です。 dの黒死病は、百年戦争下の1348年頃からヨーロッパで流行り始めました。ヨーロッパ人口の3分の1が〇んだとされるこの黒死病が一因となって、1358年のジャックリーの乱や、1381年のワット=タイラーの乱に繋がりました。また、この黒死病を題材として、ボッカチオのデカメロンや、ホルバインの死の舞踏など、多くのルネサンス作品が生まれました。
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