大問2 B H A d aのアユタヤ朝はタイに14世紀から18世紀コンバウン王朝に倒されるまで存在した国家です。 cのヤゲウォ朝は、ポーランドとリトアニアの連合ですね。リトアニア大公のヤゲウォから名前の由来が来ていて、1386年に成立しました。 肝心のbとdですが、トゥグルク朝はアイバク王朝→ハルジー朝の潮流で、ティムールに滅ぼされました。このティムールがポイントで、彼は1402年にアンカラの戦いでバヤジット1世を捕虜にしています。ですからトゥグルク朝も14世紀に存在したと考えるのが自然で、その後サイイド朝→ローディー朝の流れであることからも、dが不適であるとわかります。ちなみに、ロディー朝は唯一のアフガン系王朝です。 I e aの科挙は停止はされましたがその後復活しています。千戸制、クリルタイはモンゴル帝国時代の印象があります。cの授時暦ですが、こちらは元の時代にイスラーム天文学の影響を受け、郭守敬が作成したものです。これが日本に伝わると、『貞享暦』として用いられました。 J c この問題はあまり説明は要らないかと思われます。スレイマン1世が戦ったのはプレヴェザの海戦で、レパントの海戦はセリム二世が戦ったもので、負けています。 K @ e aは1517年の出来事で、彼と皇帝の座を争って負けたのはフランスのフランソワ1世ですね。 bは1571年の出来事で、このときレガスピという人物が活躍しました。もしかしたら聞かれるかもしれません。 cはアンリ四世が発したもので、1589年のユグノー戦争終結の機会になりました。ただその後、ルイ14世によって取り消されてしまい、フランスの経済力が低下する一因になりました。 dのイヴァン4世は1547年に即位しましたが、あまり馴染みのない年号でしたからdを選んだ人もいるかもしれません。前代のイヴァン3世は1480年にタタールのくびきを脱し、ビザンツ皇帝の姪と結婚しましたから、そこから推測で解けた人も居るでしょう。 M a bのトゥグリル=ベクはセルジューク朝の建国者ですね。cのフラグはモンケの弟で、イル=ハン国の建国者です。dのマンスールはアッバース朝2代目のカリフで、バグダードを建設した人物としても知られています。
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